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東京高等裁判所 昭和24年(新を)1598号 判決

被告人

狩野甲二

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

弁護人倉田雅充、同吉江知養の論旨第一点について。

記録を調査すると昭和二十四年五月二十六日附の原審第一回公判調書中に裁判官は証拠調に入る旨を告げると検察官は、(一)司法警察官並に検察官作成の被害者の各供述調書各一通、被害者及川一郎の傷害被害届、被害者石綿虎男の恐喝被害届、被害者及川一郎の診断書、(二)司法警察官作成の被告人の供述調書各二通、(三)被告人の前科調書一通を提出してその取調を請求し、裁判官は右検察官請求の書類全部を取調べる旨決定を宣し順次その証拠調を終つた後、検察官は証人として星野健二の喚問を請求し、裁判官はこれを許可する旨の決定をなした旨記載せられていること、次いで同年六月三十日附原審第二回公判調書中には右検察官請求に係る証人星野健二の尋問をなした旨の記載があること、尚右検察官提出の被告人の供述調書中には被告人の本件犯行に関する自白をも記載してあることは所論のとおりである。

よつて審按するに

刑事訴訟法第三百一条は第三百二十一条及び第三百二十四条第一項の規定により証拠とすることができる被告人の供述が自白である場合には犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後でなければその取調を請求することはできない旨規定されているが、この規定の趣旨とするところは犯罪事実に関する他の証拠の取調べに先立つて自白を内容とする供述調書等が取調べられることによつて万一誤つた自白があつた場合における裁判官への不当な影響を避けようとするにあるものと解される。従つて検察官において公訴を提起した以上は、先づ自白に関する証拠に先立ち、少くとも公訴に係る犯罪が罪体としては客観的に存在し、それが単に架空なものでないことを証明せしめんと意図したものに外ならない。しかしながら茲に被告人の自白調書の取調べの前に取調べなければならない他の証拠とは事実についての一切の証拠を云うものとは解することができない。苟も他の補強証拠にして取調を了し、且当該段階において被告人の自白調書の取調を行うも予め予断を抱くが如きおそれのない限り、他になお取調ぶべき証拠が残つている場合でも右自白調書の取調を行つて差支えないものと解すべきである。

されば前記のように(一)の証人に代る各供述調書、証人に代る各犯罪届書、証人に代る診断書等の取調が行われ、これに引続いて所論自白を内容とする供述調書等の取調が行われたような場合は(前記の如く順次証拠調が行われたことが明らかであるから右規定に所謂他の証拠が取調べられた後自白を内容とする供述調書が取調べられたことが明らかな場合は)たとえその間の時間的な間隔が短かいにもせよ右規定に違反する取調べとなることはないものと解すべきである。

又右第三百一条の趣旨は裁判官に予断を抱かせないための規定であつて証拠調の順序に主たる意義があるのであるから仮りに所論の如く原審が検察官の請求により未だ他の凡ての事実についての証拠調の施行が終らない前に自白証拠の証拠調をしたのは違法であるとしても右の違法は被告人又は弁護人が検察官において右請求をなした直後異議の申立をしなければ刑事訴訟法第三百九条、刑事訴訟規則第二百六条第一項により責問権の抛棄として救済されるものと解するのが相当である。

原審第一回公判調書を調査すると検察官が前記(一)、(二)、(三)、記載の各書類の証拠調の請求をなしたに対し、被告人及び弁護人は右各書面を証拠とすることに同意する旨を述べ、裁判官の証拠採用の決定に基き検察官は右の各書類を順次朗読した上裁判官に提出した旨の記載があつて、自白調書は一応他の証拠を取調べた後になされたことが窺われ、証拠の取調についての順序を誤つていないし、被告人及び弁護人においてこれが取調につき異議を申立てた形跡がないから、右の違法は治癒せられたものというべきである。論旨はいずれの点よりするも理由がない。

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